into the blue

身の丈に合う

下学上達

7/7七夕に書いた話。今日は色々とショッキングだったので、早く寝る。

昨日今日と続けて嬉しい出来事があり機嫌が良い。

機嫌が良いので急に明るくて単純な人間になっている。普段の私のイメージとはかけ離れているが、案外こちらの方が良いのかもしれない。単純明快な人間って扱いやすくて最高ではないか?大人になったから余計にそう思う。

 

二大嬉しい出来事

その1:バレーの上達を褒められた

その2:とあるプレゼントが当たった

 

昨日また職場繋がりのバレーに参加してきたんだけれど、なぜか急に上手くなったらしく褒めてもらってめちゃうれしーになった。バレー経験者に具体的に褒められ、毎回一緒に参加している2人には進化してるよね?!と褒められ、嬉しかった。確かに「なんかいつもより動きやすいしサーブも打ちやすい気がする〜」と自分で思っていたが、これが上手くなるということか。それはそう。

基本球技は何でも好きなんだけど、その中で唯一苦手意識のあったバレーがここまで楽しくやれるようになるとは思わなかった。やるからにはそれなりに出来たいじゃん、出来た方が楽しいじゃんという思考がベースにあるのでこういう人間に仕上がっている。

ちょっと前に麻雀やってた時も「やっぱり闘争心の強い人は違いますなぁ〜飲み込みのスピードが」と褒められたが(言い方がややムカつくんだよな)、闘争心というか向上心というかそういう類のものは結構大事かもしれませんな。勝負事ってやっぱり勝つと分かりやすく嬉しいからなぁ。勝てるような動きをするというのが結局上達につながるということなんだろうか。なんか総じて自慢みたいで申し訳ないが素直に喜んでいるだけの回です……。

 

 

プレゼントは、いわゆる懸賞のようなものが当たったという話。私は懸賞運が良く、これは応募したら当たるやつだなと何か確信めいた気持ちで申し込んだものは割と当ててもらえる。嬉しい。

破茶滅茶☆波瀾万丈人生を送っているので、こういうところで励ましてもらってるんだなといつも思う。ここぞ、というタイミングなんだよね。棚からぼたもちで上手く生かされている。

 

 

最後に全然別の話。自分のことを書くときに「○○な女」と言ってしまいがちだけれど、わざわざ女と書く必要無いなと思って「○○な人間」と書くようにした。自分のことだけでなく、他人の話もわざわざ性別を書く必要がない時は書かないようにしようと思う。

女とか男とかを書くことで、その文章から滲み出るちょっと不愉快な何かが確かにある気がするので。また、女であるという自認をもっと和らげた方が自分は生きやすそうだなと思ったので。

 

どうしても、女であるという事実によって仕事とか結婚とか出産とかを考えてしまうし、この世の中に性差はあるので女として考えざるを得ないのだが、そんなに背負い込まなくてもいいのかなと思う。一人の人として考えたほうがフラットな思考になれるのではないかと。どこまでフラットになれるのかは分からないけれど。

 

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三日月が綺麗だった夜。